大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和25年(れ)94号 判決

主文

原判決を破毀する。

本件を大阪高等裁判所へ差戻す。

理由

被告人御前信三および弁護人中島武雄の各上告趣意は、末尾に添えた別紙記載の通りである。

(一)  中島弁護人論旨第一点は、被告人が盗んだ煙草につき原判決が証拠によらずして事実を認定したと非難する。しかし原判決は「被告人はきんし八十余本コロナ二箱及手巻煙草若干を窃取した」と判示し、これを認定した証拠として強制処分による被疑者訊問調書中被告人の供述として判示同旨の記載を採用しているから、証拠なくして事実を認定したものとは言えない。そして論旨は右の証拠は被告人の唯一の自白だと主張するが、右の自白は証拠物たる煙草の現存、それを発見した顛末についての証人新田実の証言等の補強証拠によって裏附けられているのであって、論旨は理由がない。(昭和二三年(れ)第七七号同二四年五月一八日大法廷判決昭和二三年(れ)第六一号同年一一月五日大法廷判決参照)

(二)  同論旨第二点は、原判決は検証調書の記載ならびに同調書添附の図面を証拠に引用しながら右の図面を被告人に示していないと非難する。しかし検証調書に添附した図面は調書と一体を成すものであるから、調書を読み聞けまたはその要旨を告げればよいので、必ずしも図面を示す必要はない、というのが大審院時代の判例である。(昭和六年(れ)第一八〇六号同七年三月一七日大審院判決昭和九年(れ)第五二六号同年七月二日大審院判決参照)論旨は右の判例を「條文の末節に捕われた形式的議論」と非難するが、調書全部を必ず見せなければならないというのこそ形式的議論である。当裁判所には検証調書中の図面を示してもよいという判例があるが(昭和二三年(れ)第一八一三号同二四年四月一四日第一小法廷判決参照)それは調書の読聞けまたは要旨説明だけで証拠調は適法だということを前提としているのであって、要するに必要の有無により図面を見せてもよし見せなくてもよいのであって、論旨は理由がない。

(三)  かくして弁護人の上告論旨は、いずれも理由なきのみならず、本件としてはむしろ余罪である窃盗についての枝葉の論であるが、被告人本人の論旨は主罪たる殺人に関するもので、老婆谷田かねを殺害したのは自分ではないと陳弁するのである。非常な長文であって、その大部分は原裁判所の自由心証による証拠価値の判断と事実の認定に対する非難にほかならず、上告の適法な理由にならないが、冒頭の一段には、見のがしがたい法律論を含んでいる。しろうとの記述なので、法条も引用されていないが、問題は刑訴応急措置法第一二条違反の裁判ではないかということである。

(四)  論旨はまず、実地検証に同行させてもらいたいと願ったのに許されなかった、と訴える。しかし、旧刑訴法第一七八條および第一五八條第一項但書によれば、拘禁中の被告人は検証に立会う権利はないのであって、被告人(上告人)は拘禁中であったから、原裁判所が被告人を検証に立会わせなかったとしても、何らの違法はない。

(五)  論旨はさらに、右の検証に弁護人を同行させなかった、と主張する。しかし、原審弁護人野口政治郎は、原審第一回公判期日(昭和二四年九月三日)に出頭して検証ならびに証人喚問を申請し、これが採用されて裁判長から同年一〇月一三日に検証ならびに証人訊問をする旨を告げられているのであるから、右検証に同弁護人が立会わなかったのは同弁護人の任意に出たことであって、裁判所がわには何らの違法もない。

(六)  論旨は、検証ならびに現場における証人訊問後の公判期日に被告人は裁判長から証人の証言についてどう思うかとの質問もなかった、と主張する。しかし、原審第二回公判調書には「裁判長は被告人及弁護人に対し検証調書、各証人訊問調書の各要旨を告げ、その取調を終る毎に被告人の意見弁解の有無を問うた」と記載されているから、右検証調書および証人訊問については適法に証拠調が行われているのであって、論旨は理由がない。

(七)  論旨は最後に、その提出した「公判再開願」と新田実、谷田くにゑ、八軒屋夏江三名の「証人喚問願」が許されなかったことを不服とする。すなわち原審は第一回公判期日において、検証および検証現場における証人訊問をする旨の証拠決定をし、同年一〇月一三日に検証をし、その現場等で証人南部秀芳、新田実、垣内政吉、西川安太郎、谷田くにゑ、八軒屋夏江を訊問し、同年一〇月二九日の第二回公判期日法廷で右檢証調書および各証人訊問調書の証拠調をし、検事の意見をきいたのであるが、弁護人から検証ならびに証人訊問に立会っていないから弁論準備のため公判期日の続行を求めるとの請求があってこれを容れ、次回公判期日を同年一一月一〇日に指定した。ところがその直前の一一月七日に被告人から「公判再開願」「証人の喚問願」と題する二通の書面により「裁判は延びてもよいから証人新田実、谷田くにゑ、八軒屋夏江を法廷に喚問し、被告人の面前で訊問し、顏と顏とを合せて話をさせて下さい」と申し出た。然るに第三回公判期日(同年一一月一〇日)は延期となり、同年一一月一九日の第四回公判期日には、弁護人がした証人瀬尾警部補長谷部巡査部長の喚問申請を却下して結審した。そして原判決は被告人が法廷に喚問を求めて原審がそれを許さなかった証人八軒屋夏江、同谷田くにゑ、同新田実の前記法廷外の(検証現場での)証人訊問調書を証拠として事実を認定したのであって、それが刑訴応急措置法第一二條第一項の問題になり得るのである。そこで今一応右三証人の訊問関係について、本件訴訟進行の各段階(本件は一度当裁判所に上告されて破毀差戻になったのである)について右三証人の訊問関係をしらべて見たい。

(八)  第一審では昭和二二年九月一日の検証当日証人八軒屋夏江、同新田実を検証現場附近の生野警察署でそれぞれ訊問している。そして右検証には被告人および弁護人藤田尚一が立会っているが、右証人訊問に被告人および弁護人が立会ったことは、右各証人訊問調書に記載されていない。

(九)  差戻前の第二審では、昭和二三年五月二七日に現場なる谷田方を検証して、同所で証人谷田くにゑ、同八軒屋夏江を訊問し、また証人新田実を生野町三菱鉱業所附属職員倶樂部で訊問している。そして右訊問にはいずれも弁護人野口政治郎が立会い、八軒屋と新田に対しては裁判長の許可を得て自ら訊問している。

(一〇)  ところが差戻後の第二審では、昭和二四年一〇月一三日現場を檢証すると共に、証人谷田くにゑ、同八軒屋夏江を谷田方で、また証人新田実を三菱鉱業所力泉寮でそれぞれ訊問しているが、右検証ならびに各証人訊問には被告人も弁護人も立会っていない。そして原判決が証拠に採ったのは右差戻後の第二審(原審)が法廷外で被告人弁護人の立会なくして爲した右各証人訊問調書であるから、刑訴応急措置法第一二條第一項違反の問題を生ずる。すなわち「刑訴応急措置法第一二條第一項に規定する書類の供述者につき証人として訊問申請があった場合これを必要なしとして却下しながら判決にその書類を証拠として採ることは違法である」旨の当裁判所大法廷判例(昭和二二年(れ)第八四号同二三年四月二一日言渡)は正に本件の場合に当るのである。(昭和二三年(れ)第一一五三号同年一二月一四日第三小法廷判決参照)。そして前記三名の証人中八軒屋夏江は、犯行直後の犯人にたまたま出会ってその顏に見覚えがありその首実検によって犯人が被告人であると認定されるに至ったという最も大切な証人であるところ、記録によれば終始一回も同証人を被告人の面前で取調べて被告人に訊問の機会を與えることをしていないのであるから、被告人がこの同人に取って最も不利益な証人を「法廷に喚問し被告人の面前で訊問し顏と顏とを合せて話をさせて下さい」と熱望するのも、至極もっともな次第である。しかるに願書まで提出した被告人の請求についてその採否の決定さえもしないで、應急措置法第一二條第一項但書にあたる事由がないにもかかわらず、被告人を立会わせなかった各証人供述を録取した書類を公判期日に右各証人を訊問する機会を被告人に與えないで証拠に採った原審の裁判は、いかにしても適法となしがたく、原判決はこの一点によって破毀をまぬかれ得ない。

よって、旧刑訴第四四七條第四四八條ノ二第一項に従い主文の通り判決する。

以上は当小法廷裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上 登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例